溢れる渇望

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お前が他の誰かを好きになるなんて、信じたくなかった。


「ねぇ、健次。キス教えて?」

「ぶは……っ」

弟の不意打ちとも云える言葉に、健次は口の中の飯を盛大に吹き出した。けほ、けほっと幾度か噎せ込み、眼前で平然と箸を進める裕太に問う。

「キスを教える……?裕太に?」

「うん」

「何で」

「好きな人が出来たから」

その言葉に胸がズキッと痛んだ健次はなるべく平生を装いながら、裕太の言葉に耳を向ける。

「やっぱり経験とか無いとこの先困るしさぁ。だから、お願い!」

「……誰だよ。その好きな人って」

「秘密」

「……へぇ」

好きな人が出来た

その事実を告げられ、内に秘めていた想いが音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。

そりゃ、高校生にもなったら好きな奴ぐらい出来るよな……。寧ろ今まで居なかったコト事態が奇跡だ。と、無理やり自分を納得させ、手にしていた箸を置き、傍らの煙草に火を点けた。そして、フーッと白煙を吐きながら天を仰いだ。

弟が生まれてからというもの。仕事で殆ど家に居ない両親に代わり、並ならぬ愛情を注ぎながら裕太を育ててきた。そこには愛情とは別の感情も存在した。恋人に向ける感情と酷く類似しているモノだ。

実の弟、近親相姦……そんな下らない枷など関係無く、健次は裕太を愛していた。

一つ屋根の下。想い人と共に生活をして、何時までも平生を保っていられる訳は無かった。

日に日に積もる裕太への想い。溢れる渇望。眩しくも成熟していく裕太を瞼の裏で犯したりもした。

けれど、裕太から向けられる、兄への親しみを込めた眼差し。それが脆く崩れ墜ちようとしている理性を何とか止まらせていた。なのに。現実は残酷だった。

好きな人が出来た

最愛の裕太から告げられた事実。それは健次の胸を深く抉った。

「ねぇ健次、聞いてる?」

「んー、聞いてる」

「お願い、教えて。健次にしか頼めないしさ」

可愛らしく小首を傾げながらお願いする裕太。

裕太が他の誰かを…そんなの、赦さねーよ。

ぐしゃり。未だ火が灯る煙草を揉み消して、健次は妖艶な笑みを浮かべた。

「あぁ、教えてやるよ。手取り足取りな……」

足早に食事を済ませた二人は、健次の部屋に移動した。

「そこに座れよ」

そう言って指差されたのは、部屋の大半を占める、大きなベッドだった。裕太は言われた通りベッドの端に腰掛けた。


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